人通りのない路地裏で見知った後ろ姿を見つけ、肩に手を置き引き留める。
振り向いた反動で相手の髪がふわりと舞う。
「青年ってば、こんなとこで何してんの?」
一瞬、驚いたような顔をしたユーリだけど、直ぐに笑顔を浮かべて散歩だと答えて、今度はコテンと首をかしげた。
「おっさんこそ何してんだよ。年寄りはもう寝る時間だろ?」
「あー…おっさんも散歩よ。」
「何だよ、その歯切れの悪い答えは。」
こんな時間に宿を抜け出すユーリが心配で追いかけてきたとは言えず、クスクスと笑うユーリに苦笑いを返す。
「ま、いいけど。んじゃ俺はもう行くから。」
「へ?ちょ、ちょっと待った!」
「…何だよ。」
路地裏の奥へ消えようとするユーリを慌てて止める。
ユーリの不機嫌そうな声が聞こえたが、この際、無視だ。
この先にユーリを行かせるわけには行かない。この先にある世界はあまりにもユーリに似合わない。
「いや、そっちはユーリにとってあまり良くない所だから、行かない方がいいかなぁ~って。」
「…。」
「…。」
「…へぇー。」
何を思ったか、俺の顔を見つめ沈黙していたユーリが唐突に口を開いた。
俺の言おうとする事がわかって納得したのだという考えは、続いて出た言葉に容易く裏切られることになる。
「知ってたよ。一夜限りの相手を求める場所だってことぐらい。それに俺だってそのつもりで来たんだし。」
暗い路地裏で闇に溶け込むかのように佇むユーリは、胸から上だけ月明かりに照らされている。だからこそ、彼のいつもと違う表情が鮮明に見えてしまった。
その美しい顔に浮かぶのはいやらしい笑み。
俺の思考は完全に止まる。
誰だ、これは。
妖艶な雰囲気を纏い微笑むコイツは…
―――誰だ?
目を見開いたまま動けない。
ユーリはクスリと笑うと手を伸ばし俺の頬を撫でた。
「おっさんが行くなって言うなら行かないけど?」
耳元へ吐息すらわかる程に寄せられた唇。
聞こえてきたのは、楽しそうな声色。
ひそめられた声は、誘うかのように掠れて。
「レイヴンが相手してくれるなら…な。」
紡がれた言葉に、俺は堕ちた。
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