テントを張った場所から少し離れた岩場で、見知った背中が頼りなさげにしていることに気がついて、ふと夜空を見る。
ああ、やはり。
見上げた空には、新月に近づき細くなった月が静かに存在していた。
さびしい
このことに気づいたのは一体いつだっただろうか。普段は飄々としたあの男が、物思いに耽るかのように月を見上げていることに気づいたのは。
もしかすると、初めてテムザ山を訪れて彼が人魔戦争に参加していたと聞いた後だったか、はたまた、裏切りの後に死んだものと思っていた彼がひょっこり帰って来た時か。
今となっては、もはや思い出すことはできない。
ただ、気づいた時にはもう幾度となくあのような後ろ姿ばかりを見ていたのだ。そして、それが今夜のような月の夜だけだということも、いつのまにか分かっていた。
「青年?」
男の背中に視線を合わせたまま、思考の海に沈んでいたらしい俺を呼び戻したのは、知らぬ間に振り返りこちらを見ていた男の声だった。
「そんなとこに突っ立って、どうしたのよ。」
男の顔には少しの驚きが見え隠れしている。わざとおちゃらけた道化を演じるこの男にしては、多少なりとも己の内側を見せるとはらしくない。それに、普段の彼なら、自分の気配になど気づいていたはずだろう。
「・・・別に、なんでもない。」
「いやいや。別にって顔じゃないでしょうよ、それは。」
すでにいつもの調子に戻った男の様子に、俺の口から彼の名がぽつりとすべり出てきた。
「レイヴン。」
「なになに?悩みでもあるならおっさんに言ってみな。若人の相談うけるのもおっさんの仕事のうちだからさ。」
俺の悩みだなんて本当は聞く気もないくせに、そうやって話を逸らすのはまるで己の内に踏み込むなとでもいうかのようだ。そして、それがまだ心を許してくれていないあらわれのように感じられて、何よりも悔しくて仕方がない。
確かに、レイヴンからすれば俺なんかまだまだ頼りない子供でしかないんだろう。それでも、少しでもいいから頼ってほしかった、少しでもいいから彼の内を見せてほしかった。彼が自分たちの前から姿を消した時も、シュヴァーンとして現れた時もそうだ。自分の中にあったのは、裏切った彼への怒りではなく、少しも頼られることがなかったという寂しさだけだったのだから。
「・・・ユーリ。気になることがあるなら、言ってごらん。俺に答えられることなら、ちゃんと答えてあげるから。」
その言葉につられて、いつの間にか落としていた視線を上げてみれば、そこにはレイヴンの優しい微笑みがあった。滅多に見せない彼の表情に、俺の内に渦巻いていたごちゃごちゃした気持ちがすっと消えていく。
今なら、もしかしたら――――
「・・・レイヴンはさ、月を見上げて・・・何を思ってたんだ・・・?」
気づけば、俺はずっと気になっていた質問を口にしていた。
レイヴンは、静かに微笑みを深くして俺のほうに手を差し出す。
「?」
その手の意味がわからず、レイヴンを見据えたまま固まっていた俺に苦笑し、彼は引っ込めたその手でそのまま自分の隣をぽんぽんと叩き、一言だけ。
「おいで。」
質問の答えを教えてくれるのだろうか。
俺はつられるように彼に近づき、その隣に座り込んだ。
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中途半端ですが区切ります PR