微かな月明かりのなか、湖で小さな音が響く。その音につられてやって来た男が目にしたのは、月光をその身に受け水浴びをする黒髪の女性だった。
深い森のに、ポツンと存在する湖。結界が有るわけでもなく、辺りには魔物が巣くっている。
そんな場所に女性が一人で水浴びなど、余りにも有り得ない光景。
予想外の事に動けずにいる男は、迂闊にも気配を殺しきれていなかった。
「…誰だ!?」
男の気配に気付いた女が振り向く。
女の長い髪がふわりと揺れた。
逆光で女の顔は見えないが、男はその声に覚えがあった。男性にしては高めで、女性にしては少しだけ低い、独特ではあるが透き通った美しい声。
この声の持ち主はただひとり。
―――そう、
「…ユーリ?」
女から僅かに聞こえる息を呑む音。男がいる場所を陰らせていた雲が動き、男の顔が露になる。
「…レイ…ヴ、ン…?」
己の名を呼ぶ声は、視線の先にいるのがユーリであるという肯定の証。しかし、レイヴンの目はユーリの身体に釘付けだった。
「…女、だったのか、ユーリ。」
レイヴンの知っているユーリは少なくとも男だったはず。しかし、月明かりに晒された裸体は確かに女のもの。
自分の今の姿を思い出したのか、ユーリは小さな悲鳴をあげて水中へと身体を隠す。
水面には水飛沫が舞い、波紋を広げた。
「あー…と、とりあえずむこう向いてるから、その内に服着ちゃって。」
「…わかった。」
レイヴンは森の方へと向く。背後の湖から響く水の音が、次第に彼のいる岸辺へと近づいてくる。
水の音が止むと、今度は微かな衣擦れの音が聞こえ出す。
「ユーリが女の子だったことに気づかなかったとは、俺様の勘も随分鈍ったもんだわ。」
ユーリの方を見ないようにしたまま、溢したレイヴン。
「バレないように、気を張ってたんだよ。特にあんたには少しでもボロを出さないようにしてたし。」
ユーリは何でもない事のように言ってのけたが、常に行動を共にしている仲間に隠し通すなど、簡単なことではない。
「ま、昔に色々あって、男のふりすんのは、今に始まったことじゃないからな。慣れだよ、慣れ。」
「慣れ…ね。」
ということは、ユーリは昔から男のふりをして生きてきたのだろうか。
男のふりをしていた理由を聞きたかったのだが、ユーリに昔あったというその理由を詳しく話す気はないらしい。
「胸はいつもサラシで絞めてるし。ある程度は身長もある。昔から口は悪いから、言葉遣いも問題なし。」
レイヴンは引き寄せられるかのように、密かにユーリを盗み見た。
最初よりも近づいたその距離は、今や、彼女の姿をはっきりと見せていた。
ジュディスには劣るだろうとも、標準にしては少し大きいであろう胸も。戦うものとして必要な筋肉が付きながらも、スラリと長くのびた四肢も。
水滴を纏いながら、月光を浴びるユーリの姿は、余りにも儚く、幻想的な雰囲気を漂わせる。
レイヴンは無意識に手を伸ばし、彼女の腕を引いた。いきなりの事に反応が出来なかったのか、力のままにユーリはレイヴンの腕へと収まる。
「…抱いていい?」
「は?」
あんたは何を言ってるんだとでも言いたげな眼差しで見上げるユーリだが、中途半端に服を着た今の状態では、レイヴンを更に煽るだけ。
「こういう旅してると、なかなか町にも寄れないし溜まるのよね。此処んとこは野宿ばっかりだったから、特に…ね。」
腰にレイヴンの手が添えられる。
「なっ!?…や、やだ!離せよ!!」
レイヴンが冗談ではなく、本気で迫っていると気付いたユーリが逃れようともがきだす。
しかし、男であるレイヴンの力に敵わず、軽々と押さえ込まれた。
「ユーリが相手してくんないなら、俺様は別にジュディスちゃん達に頼んでもいいんだけど…どうすんの?」
責任感の強いユーリなら、仲間の名を出せば必ず、彼女達を護ろうと、自分を犠牲にするはず。
卑怯だということは重々承知している。
だが、本音を言えば、男だと思っていたときから、ユーリの事は少し気になっていたのだ。
そのユーリが女だとわかった上、今までに無いほど傍にいる。
例え嫌われようとも、このチャンスを逃すわけにはいかなかった。
彼の読み通り、ユーリの抵抗がピタリと止まる。
「最低だな。」
「何とでも言ってくれて構わないわよ。」
キッと睨み付けるが、男はまったく動じない。相手が引くことはないと悟ったユーリは顔を曇らせ、俯く。
「結局、あんたも他の男と同じなんだな。」
諦めと共に溢された言葉は、レイヴンの耳に届くことはなかった。
「――好きにすればいい。ただし、あいつらには手を出すな。」
「それは、ユーリの事を好きにしちゃっていいってこと?」
「あんたの相手ぐらい、俺一人で十分だろ。」
皮肉すら精一杯の強がりなのだろう。ユーリの手は、微かに震えている。
少しして静かな森に粘着質な水音が響き出す。
本心を心の奥底にしまい、レイヴンの腕の中で踊らされるユーリ。
彼女の中で、一つの感情が消え去ろうとしていた。
To be continued
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続きます
エロ部分は気が向いた時にでも
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